医療機関の経営危機はなぜ深刻化しているのか? 6年前よりさらに厳しくなった医療現場の現実
医療機関の経営環境が、年々厳しさを増しています。最近、ある主要新聞に「総務省によると、全国841の公立病院の2025年度決算は81.2%が経常赤字だった。5年前の42.8%からほぼ倍増した」という記事が掲載されていました。
公立病院だけでなく、民間病院や個人経営のクリニックでも、赤字経営、あるいは利益がほとんど出ない状態に陥っているところが少なくありません。実は私は6年前の2020年10月にも、医療機関の経営問題についてコラムを書きました。当時も病院経営の厳しさは深刻な問題でしたが、それから6年が経過した現在、状況はさらに悪化しているように感じます。
では、なぜ患者さんが大勢訪れているように見える病院でさえ、赤字経営になってしまうのでしょうか。
経営の基本は、収入と支出のバランスです。収入より支出が多ければ赤字になります。医療機関の場合、主な支出は医師や看護師などの人件費、医薬品や医療材料などの物品費、設備の維持管理費、光熱費、家賃などです。
特に大きな負担となるのが人件費です。医師を確保するためには相応の給与を支払わなければなりません。医師不足が深刻な地方では、都市部よりも高額な給与を提示しなければ医師を確保できないケースもあります。また、大学医局から医師の派遣を受けている病院では、医局との関係もあり、自由に人件費を調整できない事情もあります。医療の質を維持するためには優秀な人材が必要ですが、その人材を確保すること自体が経営上の大きな負担となっているのです。
さらに、この6年間で経営環境を大きく変えたのが、物価の高騰と円安です。医薬品、医療材料、検査機器、設備の購入費用に加え、電気代や水道代、家賃など、あらゆる経費が上昇しました。人件費についても、賃上げの必要性が高まっています。コロナ禍による受診控えや医療現場への影響もあり、医療機関の経営体力は大きく損なわれました。
つまり、収入が大きく増えない一方で、支出だけが膨らんでいるのです。経営を維持するために必要な売上高、いわゆる損益分岐点が以前よりも高くなっているということです。
しかし、医療機関には一般企業とは異なる、もう一つの大きな問題があります。それが「診療報酬制度」です。
日本の保険診療では、医師の診察、検査、処置、投薬、手術など、それぞれの医療行為に対する報酬が国によって一律に定められています。医療機関が自由に料金を設定することはできません。しかも、諸外国と比較すると、日本の診療報酬は全般的に低く抑えられており、医師の診察や各種検査、手術などの報酬単価も決して高くありません。
一般企業であれば、原材料費や人件費が上昇すれば、商品の販売価格を引き上げることで対応できます。しかし医療機関の場合、物価や人件費が上昇しても、診療報酬を自由に値上げすることはできません。国が定める診療報酬改定に委ねられているため、コスト上昇をそのまま医療サービスの価格に転嫁できないのです。
このような制度のもとで、医療機関は長年、低い報酬単価を「数」で補う経営を続けてきました。つまり、できるだけ多くの患者さんに来院していただくか、患者さん一人あたりの診療単価を高めることで収益を確保するという方法です。
人口が増加し、物価も比較的安定していた時代には、このような経営方法でも一定の合理性がありました。しかし、少子化と人口減少が進み、物価が上昇する現在では、同じ方法を続けることが難しくなっています。患者さんの獲得競争は激しくなる一方、経費は増え続けているからです。
その結果、医療機関によっては、患者数を増やすことが難しい分、患者さん一人あたりの診療単価を高めようとする傾向が強まります。例えば、検査を増やしたり、薬を多く処方したり、必ずしも必要性の高くない入院を勧めたりするような事態です。もちろん、必要な検査や治療を十分に行うことは重要ですが、経営上の都合が医療の内容に影響を及ぼすとすれば、決して望ましいことではありません。
一方、国全体で見れば、医療費や社会保障費は増加し続けています。高齢化に伴う医療需要の増大に加え、診療件数や医療サービスの提供量が増えれば、当然ながら医療費の総額も膨らみます。その財源は保険料や税金などで賄われており、最終的には国民の負担につながります。国としては医療費の膨張を抑制せざるを得ず、診療報酬を大幅に引き上げることも容易ではありません。
つまり、医療機関はコスト上昇に苦しみながら、収入を自由に増やすこともできず、国は医療費の増大を抑えようとしているという、非常に難しい構造の中に置かれているのです。
それでは、このような状況を打開する方法はあるのでしょうか。単純に患者数を増やしたり、検査や投薬を増やしたりする従来型の経営には限界があります。今後は、必要な医療を適切に提供しながら、無駄な支出を減らし、医療の質と経営効率を両立させる仕組みを考えていかなければなりません。
医療機関は営利企業とは異なり、利益の追求だけを目的とすることはできません。しかし、健全な経営基盤がなければ、医師や看護師などの人材を確保することも、必要な設備を維持することも、患者さんに良質な医療を提供し続けることもできません。
医療機関の赤字問題は、単に病院やクリニックの経営者だけの問題ではありません。地域医療を守り、国民が安心して医療を受けられる体制を維持するためにも、診療報酬制度を含めた医療の仕組みそのものを、根本から見直す時期に来ているのではないでしょうか。






