日本国内には、医師数や病院のベッド数に明らかな地域差があります。大まかにいえば、西日本では人口当たりの医師数やベッド数が多く、東日本、とりわけ東北や北関東では少ない傾向が認められます。

 

その背景の一つとして指摘されているのが、国立大学医学部の地域分布です。国立大学医学部は中国・四国・九州地方に比較的多く、関東地方には少ないという特徴があります。かつては、こうした大学の地域分布の背景に、明治維新や戊辰戦争における旧幕府勢力と新政府側の歴史的な関係が影響しているのではないか、という興味深い説まで紹介されていました。

 

もちろん、現在の医師数の地域差を、150年以上前の歴史だけで説明することはできません。医学部の設置状況だけでなく、人口構成、医師の働き方、大学病院の医局制度、卒業後の勤務先や地域への定着率など、様々な要因が複雑に関係しています。

 

しかし、こうした医療資源の地域格差を考えるうえで、もう一つ重要な疑問があります。それは、**医師や病院のベッドが多い地域ほど、住民は健康で長生きしているのだろうか?**という問題です。

 

医療資源の多さと健康長寿は比例するのか

 

一般的に、医師が多く病院のベッド数も充実していれば、住民は必要なときに医療を受けやすくなり、健康状態も良くなると考えられています。確かに、医療へのアクセスが良いことは重要です。医師不足や病床不足によって必要な診療が受けられない状況は、決して望ましいものではありません。

 

ところが、都道府県別の平均寿命や主要な病気の罹患率、死亡率などを見てみると、医師数やベッド数の東西格差が、そのまま住民の健康格差として現れているわけではありません。医療資源が比較的豊富な西日本が、東日本より一貫して健康で長寿という結果にはなっていないのです。

 

さらに、地域によっては一人当たりの医療費に大きな差があるにもかかわらず、平均寿命にはそれほど大きな差が認められないという現象もあります。

 

これは何を意味しているのでしょうか。

 

もちろん、医療費が多いから無駄な医療が行われている、と単純に結論づけることはできません。高齢者の割合や疾病構造、医療へのアクセス、診療報酬制度など、様々な条件を考慮する必要があります。

 

しかし、少なくとも医師や病床、医療費といった「医療資源の量」が、そのまま地域住民の健康状態に結びつくわけではないことは、考えておく必要があります。

 

大切なのは医療の量よりも、その質と内容

 

本当に重要なのは、医療機関の数や医師の人数を増やすことだけではありません。そこでどのような医療が提供されているのか、という点です。

 

例えば、病気になってから検査や投薬、手術を行うことは医療の重要な役割です。しかし、それだけが医療ではありません。病気になる前に危険因子を見つけ、生活習慣を改善し、栄養状態を整え、発症や重症化を防ぐことも、同じくらい重要な医療の役割です。

 

高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を考えてみましょう。薬によって数値をコントロールすることは大切ですが、それと同時に、食事、運動、睡眠、ストレス、体重管理など、病気の背景にある生活環境を見直す必要があります。

 

また、慢性的な疲労感、意欲の低下、不安感、不眠などの症状についても、単に精神的な問題や年齢のせいと決めつけるのではなく、身体的な原因や栄養状態が関係していないかを調べることが重要です。血液検査などを通じて、鉄やビタミンなどの不足が疑われる場合には、その背景を評価し、適切な対応を検討することもできます。

 

こうした予防的、包括的な視点を持った医療は、必ずしも大規模な病院や多数のベッドを必要とするものではありません。むしろ、患者さん一人ひとりの身体の状態や生活背景を丁寧に把握し、病気の原因やリスクを探っていく姿勢が求められます。

 

これからの医療に求められるもの

 

日本は世界でも有数の長寿国ですが、単に寿命を延ばすだけでなく、健康な状態で生活できる期間、すなわち「健康寿命」を延ばすことが重要な課題となっています。

 

そのためには、病気になってから治療するという従来型の医療だけでなく、病気を未然に防ぎ、心身の不調を早期に発見し、健康を維持するための医療を充実させる必要があります。

 

医師数や病床数の地域格差を是正することは、医療政策上の重要な課題です。しかし、医療資源を増やすこと自体が最終目標になってはいけません。

 

私たちが本当に目指すべきなのは、医師や病院が多い地域をつくることではなく、どこに住んでいても、必要なときに質の高い医療を受けられ、住民が健康で長く生活できる社会をつくることです。

 

医療の価値は、医師の数や病院の規模、医療費の多さだけでは測れません。どれだけ人々の健康を守り、病気を防ぎ、生活の質を高めることができたか。これこそが、これからの日本の医療に問われるべき本質ではないでしょうか。

蒲田よしのクリニック