これまで数回にわたり、コロナ後遺症との密接な関連性を指摘されているME/CSF(筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群)の原因と治療について、既存の「ME/CSF治療ガイドライン」を参考にしつつ、私の臨床経験も踏まえて幾つかの切り口で解説してきました。

 

以前からインフルエンザなどの感染後にしばしばみられ、20年近く前のSARS大流行の際に東南アジアなどで集団発生したME/CSFは、慢性疲労や不眠、ウツ症状、全身の筋肉痛など複雑な症状が報告されており、多くの患者を長期にわたり苦しめてきました。

 

当初ME/CSFは原因不明で治療法もない、などと悲観的な見方が支配的でしたが、世界中で研究が進められ、免疫異常や自律神経失調などの病態が、朧気ながら次第に明らかになり、試行錯誤の要素は濃いものの、治療法の開発と工夫が重ねられてきました。

 

我が国の「ME/CSF治療ガイドライン」では、症例数の少なさや観察期間の短さなどの影響もあり、有効例が散在するものの統計的な有意をもった有効性を証明された治療法はありません。ただ仔細に検討すると、有望な治療法が幾つも存在する事が分かります。

 

例えば「段階的運動量法」や「和温療法」は、倦怠感やウツ症状、筋肉痛など様々な症状が軽減した、という個別症例が少なくありません。もっともハード面で若干大がかりな治療法であるため、症例数はどうしても少なく、統計的有意差は得られにくのが現状です。

 

ただ我々の日常感覚でも、適度な運動や体を温める工夫は、体や心の健康に良い影響を与える、というのは実感できるところです。実際に運動を始めたり、温泉で体を温めたら、倦怠感や不眠、不安などの症状が目に見えて軽くなった、という話は少なくありません。

 

一方で「栄養療法」も、特定の栄養素や成分に関し、個別の有効例は少なからずみられたものの、やはり統計的な有意差はなかなか得られていません。とりわけ多くの種類のビタミンやミネラルなどを包括的に補給する栄養療法は、臨床結果が曖昧になりがちです。

 

とはいえ医療現場の感覚では、ビタミンやミネラル、タンパク質などの栄養素をしっかり補給する取り組みには、様々な心身の不調を改善させる力が確かにあります。ただ栄養素は種類がたいへん多くて投与量にバラツキが大きいため、鋭敏な結果が出にくいのです。

 

何より栄養療法に於いては、栄養素の「投与量」が決定的なポイントとなります。同じ栄養素であっても、通常量を補給した場合と、それより一桁も二桁も多い「薬理学的投与量(メガドーズ)」を補給した場合とでは、有効性に雲泥の差が生じる事は少なくありません。

 

例えば女性に不足しやすい「鉄」の場合、通常の食事や一般的な「鉄剤」では、概して充分量を補給できず、貧血症状の改善も遅々たるものです。しかし「ヘム鉄」の形で通常より一桁以上多い投与量とすると、みるみる貧血などの症状が軽減する事は日常茶飯事です。

 

一方でビタミンDは魚介類やキノコ類に多く、日光浴により体内で合成されますが、実際には日本人女性の約8割は不足または欠乏状態です。通常の食事や生活では不足しやすいため、高容量のビタミンDを補給する事で、ようやく本格的な効能を享受できます。

 

さてコロナ後遺症に対しては、どのような栄養補給が有効なのでしょうか。また日々の食生活に於いては、どういう具体的な工夫が望まれるのでしょうか。そのためにはコロナ後遺症で、どういう栄養素の必要度が高いかを、まず考えてみる必要があります。

 

コロナ後遺症と関連性の深いME/CSFに関しては自己免疫機序が働き、アドレナリンやアセチルコリンなど神経伝達物質の受容体に対する自己抗体が産生され、これが自律神経失調の諸症状を引き起こしている可能性が、仮説として提示されています。

 

実際にME/CSFやコロナ後遺症に於いては、めまいや動悸、火照り等の自律神経失調を示唆する症状が高頻度に現れます。さらに後遺症で来院した方の病歴を確認すると、そのような自律神経失調症状が大なり小なり以前から存在した、という方が大部分です。

 

つまり以前から慢性的な自律神経失調が続いており、そこにコロナ等のウイルス感染に罹り、その「後遺症」として自律神経失調を主とする深刻な不調に見舞われている、というストーリーが浮き彫りとなります。そのようにコロナ感染は一つの「引き金」となるのです。

 

その自律神経の機能を維持する上で欠かせない栄養素は多数ありますが、最も重要な物質としてはビタミンB群、鉄、亜鉛、マグネシウム、ビタミンCなどが挙げられます。これらの微量栄養素は、神経伝達物質の生合成経路に於いて「補酵素」として働いています。

 

日常診療でも更年期障害や自律神経失調症、あるいはウツなどメンタル不調を訴えて来院する方の血液検査では、鉄や亜鉛、ビタミンB群などの欠乏状態を認める症例が少なくありません。そしてこれらの栄養素を補給する事で、ウソのように症状は軽減します。

 

ME/CSFやコロナ後遺症という事で来院した方の血液検査では、さらに高率かつ高度に、これらの栄養素の欠乏状態を認める傾向が明らかです。そして同様に、これらの栄養素を補給する事で、ME/CSFやコロナ後遺症の諸症状は確実に改善へと向かいます。

 

ME/CSFやコロナ後遺症に於いては自律神経の神経伝達物質受容体で自己免疫反応が発生している可能性を前述しましたが、そのような免疫反応を制御する事と並んで、神経伝達を維持するための栄養素を充分に補給する事が、たいへん重要なのです。

 

ただし栄養補給のやり方には条件があります。それは可能な限り「薬理学的投与量(メガドーズ)」による投与、という事です。それは神経伝達物質の受容体に免疫異常が発生している以上、中途半端な投与量では効果が期待薄なためです・・(続く)

蒲田よしのクリニック