2016年12月、北海道旭川市の中学2年生が書いた「日本のいじめ対策は間違っている」という作文が新聞に掲載されました。内閣総理大臣賞などを受賞したこの作文には、イジメ問題の本質を突いた、非常に重要な指摘が含まれています。

 

筆者は、小学校時代にドイツで経験したイジメと日本の学校で目撃したイジメを比較し、日本ではイジメが長期化、陰湿化しやすい理由として、二つの問題を挙げています。一つは、集団無視や嫌がらせなど、周囲から見えにくい形でイジメが行われること。もう一つは、周囲の生徒がイジメを目撃しても、誰も止めようとせず、見て見ぬフリをしてしまうことです。

 

そして、イジメを防ぐためには、一人一人が自分の意見を持ち、周囲に流されず、正しいと思うことを主張できるようになる必要があると訴えています。

 

私は、この中学生の指摘こそ、イジメ問題を考える上で最も重要な視点だと思います。

 

■ イジメは加害者と被害者だけの問題ではない

 

学校でイジメが発生すると、一般的には加害者への指導や処分、被害者への心のケア、あるいは両者を引き離すといった対策が中心になります。もちろん、これらは必要な対応です。しかし、それだけではイジメの根本的な解決にはなりません。

 

なぜなら、イジメが長期間続く背景には、それを取り巻く集団の存在があるからです。

 

イジメを仕掛ける人間がいて、それを受ける人間がいる。そして、その周囲には、イジメを目撃しながら何も言わない人たちがいます。中には、加害者に同調したり、面白がってはやし立てたり、積極的に加担する人もいます。

 

こうした第三者の存在が、結果として加害者に安心感や優越感を与え、イジメを継続させる土壌になっているのです。

 

もちろん、被害者に何らかの個性や特徴があったとしても、それがイジメを受ける理由になるわけではありません。問題なのは、他人との違いを許容せず、特定の人間を攻撃することによって集団の結束を保とうとする、歪んだ集団心理です。

 

■ 「見て見ぬフリ」がイジメを蔓延させる

 

では、なぜ周囲の人たちは声を上げないのでしょうか。

 

そこには、自分が次の標的になることへの恐怖、集団から孤立することへの不安、面倒な問題に巻き込まれたくないという心理があります。また、周囲の大勢が沈黙していると、それが正しい行動であるかのように錯覚してしまうこともあります。

 

本来、善悪の判断は多数決で決めるものではありません。大勢が賛同しているからといって、間違った行為が正当化されるわけではないのです。

 

それにもかかわらず、周囲に合わせることを優先し、自分の判断や意見を押し殺してしまう。こうした同調圧力こそ、日本社会に根強く残る問題の一つではないでしょうか。

 

■ イジメ体質は大人社会にも蔓延している

 

さらに深刻なのは、このような構図が学校だけの問題ではないことです。

 

企業や役所などの職場でも、上司によるパワーハラスメント、特定の社員への仲間外れ、集団での無視、陰湿な嫌がらせなどが発生しています。

 

そこでは、問題のある上司や同僚がいても、周囲は自分の立場を守るために沈黙します。被害を受けている人がいても、誰も助けようとせず、場合によっては組織全体が加害者を擁護するような事態さえ起こります。

 

最近ではSNS上でも、特定の人物に対する集団攻撃や誹謗中傷が日常的に見られます。多数の人間が一斉に批判や攻撃を浴びせることで、個々の行為者は自分の責任を意識しにくくなります。こうした現象も、イジメと共通する集団心理の表れでしょう。

 

つまり、イジメとは一部の特殊な人間が起こす問題ではなく、人間が集団を形成する場所であれば、どこでも発生し得る「組織の病理」なのです。

 

■ イジメを許さない社会をつくるために

 

この問題を解決するためには、加害者への適切な処分や被害者の救済に加えて、周囲にいる第三者の意識と行動を変えていく必要があります。

 

そのために重要なのは、次の三つだと思います。

 

第一に、一人一人が自分の価値判断の基準を持つこと。周囲の意見や多数派の行動に流されず、何が正しく、何が間違っているのかを自分自身で判断する力が必要です。

 

第二に、不当な行為を目撃したとき、沈黙せずに声を上げること。ただし、必ずしも自分一人で加害者に立ち向かう必要はありません。信頼できる教師や上司に相談する、組織の相談窓口を利用するなど、安全を確保しながら行動することも重要です。

 

第三に、異なる意見や価値観を尊重し、少数派であっても安心して発言できる集団をつくることです。多数派に従うことだけを求める組織では、やがて異論を唱える人間が排除され、イジメやハラスメントが温存されることになります。

 

イジメをなくすために必要なのは、単に規則を増やしたり、加害者を処分したりすることだけではありません。一人一人が自分の頭で考え、正しいと思うことを主張でき、他人の尊厳を守ることのできる社会をつくることです。

 

学校であれ、職場であれ、SNSであれ、周囲の人間が沈黙し、加害者に同調する限り、イジメはなくなりません。

 

イジメをなくすために本当に変えなければならないのは、加害者や被害者だけではなく、それを黙認し、許容してしまう私たち自身の意識と行動なのです。

蒲田よしのクリニック