「病み上がりの筋肉痛&慢性疲労」に抗うつ薬や漢方薬は有効か!?
昨年2020年以来、新型コロナウイルス感染症の後を追うように増加の一途を辿っている「コロナ後遺症」は、未だに根本的な原因は不明で、治療法も確立されているものはない、などと往々にして悲観的なニュースが巷に飛び交っています。
実際に各地の医療機関では「コロナ後遺症外来」を立ち上げ、コロナ後遺症の救済に乗り出していますが、全般的な傾向を見る限り根本的な治療には程遠く、各種の検査による他の疾患の除外診断と、薬物療法を中心とする対症療法に終始しているのが現状です。
一方、コロナ後遺症と深い関連性があるとして、にわかに注目されているのが「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CSF)」です。これはウイルス感染などを引き金として、全身の痛みや慢性疲労、ウツ症状など多彩な症状が長期にわたり続く健康障害です。
今から18年前の2003年にSARSが流行した際に、香港やカナダなどでSARSの後遺症としてME/CSFが集団発生した事を受け、当時は研究が重ねられました。そして最近になりコロナ後遺症との関連に注目し、改めて世界中で検討が加えられています。
ME/CSFの病態に関しては、Bリンパ球など免疫担当細胞の機能異常により、神経伝達物質の受容体に対する抗体が産生され、それが引き金となり慢性疲労やウツ症状、それに自律神経失調の諸症状を招いている、との仮説が挙げられています。
その仮説に従えば、異常に刺激された免疫システムを正常化し、自律神経など神経機能を安定させる事などが、ME/CSFの治療方針として浮上してきます。実際に世界各地で専門家が様々な治療法を考案し、一部では或る程度の治療効果を挙げてきました。
我が国に於いても「日本に於ける筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CSF)治療ガイドライン」が策定され、科学的エビデンスのある医療を広く提供していこう、という動きが拡がり、様々な治療法に関して文献的考察も交えて科学的評価が加えられました。
前回のコラムでは治療法の評価に関し、対象となる被検者の数が少なく、観察期間が短く、ケースレポート主体の臨床研究は、えてして高い評価を得にくいと説明しました。その点でME/CSFの臨床研究は規模が小さいため、評価に関しては明らかに不利です。
実際に幾つかの治療法に関して「有効例」が散見されましたが、やはり症例数の少なさや観察期間の短さなどが災いし、治療ガイドラインとして「充分な科学的根拠があり、行なう事を強く勧める(グレードA)」という強力な推奨を得られたものはありませんでした。
そのような状況下、グレードB(行なうよう勧められる)またはグレードC(行なうことを考慮しても良いが、さらに科学的根拠の検討が必要である)という、いうなれば「ほどほどの評価」を治療ガイドラインが下した治療法が、幾つかあるのも事実です。
その治療ガイドラインによる評価も参考に、各々の治療法のME/CSFに対する効果や限界、さらに臨床的応用法や将来性に関して、私の医療現場に於ける経験を交えて簡単に説明いたします。
① 抗うつ薬 ② 漢方薬 ③ 運動療法
④ 温熱療法 ⑤ 栄養療法 ⑥ 認知行動療法
① 抗うつ薬
SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)などの抗うつ薬が、ME/CSFに伴う慢性疲労や憂うつ感、不眠、筋肉痛などの症状に有効であった、という報告が散見されます。ただ効果は時に不均一で、憂うつ感には有効だが他の症状には無効、などの症例が目立ちます。
とはいえ一部では、倦怠感や痛みなどの身体的症状に有効だった、という事例も報告されています。これら身体症状が心理的な不安定さをベースに発生している要素もある以上、抗うつ薬や抗不安薬により痛み等の症状が緩和された、というのも有り得る話です。
ただし観察期間が短いため一概に言えませんが、抗うつ薬などの薬物は往々にして有効性が一時的なものに留まり、かつ効果が低減傾向となるのは本質的に避けられず、また副作用や依存性の問題もあるため、過剰に薬物に頼る事は厳に慎まなければなりません。
憂うつ感や不眠などの精神症状はもちろん、怠さや痛みなどの身体面の症状も、ストレスなどの関係した心理的な不安定性が関与している要素もあるため、副作用や依存性に注意しながら抗うつ薬などを補足的に用いる事は、一定の価値があるといえます。
② 漢方薬
漢方薬に関しては、慢性疲労などの症状に補中益気湯や十全大補湯などの「補剤」が有効だった、という報告が散見されます。補剤は不足している「気」や「血」などエネルギーを補充するような漢方薬で、慢性疲労や気力の減退などに有効性があるとされています。
一方で漢方薬には多くの種類があり、各々の処方には得意分野があります。例えば上述の補中益気湯などの補剤は、倦怠感や気力の低下などには有効性があるものの、不眠や頭痛、筋肉痛、めまい等には効果が期待できず、他の処方を検討する必要があります。
治療ガイドラインには明確な記述がありませんが、他の症状に対しては各々に適した処方を検討する価値があります。例えば不眠や不安感には抑肝散や柴朴湯など、筋肉痛や関節痛には芍薬甘草湯や桂枝加朮附湯などの処方を検討する事になります。
とはいえ概してME/CSFは症状が多くの分野に及び、一つの漢方薬ではとうてい対処し切れません。例えば上述の芍薬甘草湯で全身の筋肉痛は軽減するかも知れませんが、倦怠感や憂うつ感、めまい、不眠など他の症状には、恐らく無効となります。
従って複数の症状を漢方薬だけで解決しようとした場合、どうしても多くの処方を求めがちですが、そうなると3つも4つも漢方薬を飲む事になってしまいます。それだけ多くの漢方薬を内服すると、含まれる生薬同士の相互作用が生じ、有害事象が発生しかねません。
そこで多領域に及ぶ心身の不調に対処するに当たっては、いたずらに漢方薬だけに頼ろうとするのではなく、その原因と背景要因を探索し、包括的な治療法を行ないながら、特に強い症状に照準を当て、それに適合した漢方薬を補足的に用いる事が望まれます。
次回は「③運動療法」以降について解説いたします・・(以下本文)