「コロナ後遺症」治療の手がかりとなる「ME/CSF治療ガイドライン」とは・・?
新型コロナウイルス感染後に多発している「コロナ後遺症」との関連性に於いて、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CSF)が、にわかに注目を集めています。それは両者の症状の類似性や、ME/CSFが各種ウイルス感染後に発症しやすい傾向があるためです。
実際に2003年のSARS流行時には、急性感染後にME/CSFが集団発生した経緯があります。SARSほど明瞭ではなくとも、インフルエンザ大流行時にはME/CSF様の体調不良が多発する事は、以前から度々専門家からも指摘されていました。
国立精神・神経医療研究センター等の研究により、ME/CSF症例に於いては、ウイルス感染を引き金として免疫細胞から神経伝達物質の受容体に対する抗体が産生され、自律神経などの機能異常を招いているのではないか、との仮説が打ち出されました。
すなわちウイルス感染後に続く怠さや憂うつ感、不眠、動悸、めまい、頭痛など多彩な症状は、一見して自律神経失調を思わせる諸症状と言えますが、これが免疫異常に端を発した自律神経機能異常によるものだという事が、これらの研究により実証されたのです。
従ってME/CSFに対する治療法に関しては、こういった免疫異常や自律神経の機能異常などを、どうやって回復させるかという事が一つのポイントとなります。そのため多くの大学や医療機関が工夫を重ね、様々な治療的アプローチに取り組んできました。
ME/CSFに対する治療法に関しては、全国の医学研究者から構成されるCSF治療ガイドライン作成委員会が各々の治療法を科学的に評価し、「日本に於ける筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CSF)治療ガイドライン」として2018年までにまとめました。
このガイドラインが作成された背景としては、ME/CSFの諸症状に苦しむ患者が約30万人にも及び、それに対して医師が手探りの状態で治療法を模索する現状に危機感を持ち、科学的エビデンスのある医療(EBM)を提供していこう、という問題意識があります。
このような医学的ガイドラインに於いて特に重視される要素としては、実施された治療法に関して、症例数がどのくらいの規模か、医学論文などで引用されている事例数、エビデンスレベルがどのくらい厳密か、などという評価基準が挙げられます。
つまり治療法として高い評価を得るためには、研究期間が長い事、実施症例数が多い事、無作為比較試験や複数研究の分析(メタ解析)など高度な研究デザインである事、などが求められます。それには当然ながら、長い時間と大きな研究サイズが必要です。
そういう観点からは、ME/CSFの治療法に関する研究は各グループによる症例数がせいぜい数十件までに留まっており、しかも研究期間が数年以内と短く学会誌の論文数も少ないため、どうしても学術研究として高い評価が得られにくい傾向は否めません。
すなわち特定の治療法に関して、少数の症例で優れた臨床効果が得られたとしても、それは「有効例ケースレポート」の域を出ず、たとえ専門家の主観的な評価が高いとしても、ガイドラインによる「推奨グレード」は、さほど高い評価とはなりにくいのが現状です。
具体的には、例えば数百~数千例に及ぶ大規模比較試験が行なわれ、有意差をもって有効性が認められれば、グレードA(強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる)という高い評価を得られる可能性があり、学会などにより積極的な推奨が行なわれます。
これに対して数十例までのケースレポートの場合、たとえ少なくない数の有効例があったとしても、統計的な有意差を確保するのは難しいため、せいぜいグレードC(行うことを考慮しても良いが、さらに科学的根拠の検討が必要である)止まりとなるのが現状です。
そのような状況下、ME/CSF治療ガイドラインでグレードB(行うよう勧められる)またはCという比較的高い評価を得た治療法が幾つかありました。それは以下のような治療法です。
〇 抗うつ薬 〇 漢方薬 〇 段階的運動療法 〇 和温療法
〇 ヨガ療法 〇 栄養補助食品 〇認知行動療法
これらは概略として、有効性を認める事例を確認できたものの、症例数や研究期間が不充分であり、さらなる研究の蓄積が必要である、という評価となっています。つまり平たく言うと「可能性はあるが、科学的根拠はまだ充分でない」という位置付けです。
こうして見ると「原因不明で治療法もない」などと悲観的なイメージのあったME/CSFにですが、必ずしも解決の糸口がない訳ではなく、研究の進展や現場の工夫次第では、何とか症状の軽減や病状の改善に向けた展望が見えて来るものと思えてきます。
次回以降は私のクリニックに於ける臨床治験も含め、個別の治療法について検討してみたいと思います・・(続く)