私が院長を務める「蒲田よしのクリニック」には、日々多くの女性が来院されます。患者さんの約8割は女性で、更年期障害、自律神経の乱れ、慢性疲労、気分の落ち込みや不安感など、さまざまな心身の不調を抱えています。

こうした患者さんの血液検査を詳しく調べてみると、実に9割前後の方に、何らかの鉄欠乏を疑う所見が認められます。

 

例えば、慢性的な倦怠感、意欲の低下、気分の落ち込み、イライラ、不安感、めまい、動悸など、一見すると原因が分かりにくい症状に悩んでいる女性は少なくありません。ご本人も「更年期だから仕方がない」「仕事のストレスが原因だろう」と考えていることがあります。しかし、詳しい血液検査を行うと、体内に蓄えられている鉄の量を反映する「フェリチン」という数値が著しく低く、鉄欠乏が症状に関係していると考えられるケースが数多く見つかります。

 

問題なのは、こうした鉄欠乏が一般的な健康診断や医療機関の血液検査では見逃されてしまうことがある、という点です。通常の血液検査ではヘモグロビン値を中心に貧血の有無を調べますが、ヘモグロビン値が正常範囲であっても、体内に蓄えられた鉄が不足していることがあります。いわゆる「隠れ鉄欠乏」です。実際に、長年にわたって倦怠感やめまいなどに苦しみ、検査では異常なしと言われ続けてきた方が、当院で初めて鉄欠乏を指摘されることも珍しくありません。

 

鉄は、赤血球をつくるだけでなく、全身の細胞がエネルギーを生み出すためにも欠かせない栄養素です。また、脳内で働く神経伝達物質の合成にも関わっています。そのため、鉄が不足すると、身体の疲れだけでなく、集中力や意欲の低下、気分の不安定さなど、精神面にも影響が及ぶ可能性があります。鉄欠乏を抱えたまま無理を重ね、仕事や家事に支障をきたし、休職を繰り返す方もいらっしゃいます。

 

私は、こうした女性たちの姿を見るたびに、鉄欠乏という問題がもっと広く認識されるべきだと強く感じています。

 

さらに、近年注目されている新型コロナ感染後の後遺症や、ME/CFS(筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群)など、強い疲労やさまざまな身体症状が長く続く病態においても、栄養状態や鉄代謝の異常が注目されています。慢性的な炎症や栄養バランスの乱れなどが複雑に関係している可能性があり、鉄欠乏もその一つとして考える必要があります。もちろん、鉄欠乏だけですべての症状を説明できるわけではありませんが、見逃してはならない重要な要素です。

 

また、鉄欠乏は成人女性だけの問題ではありません。思春期の女性はもちろん、初潮を迎える前の女児や、若い男性にも鉄不足が見られることがあります。その背景には、食生活の偏りや鉄の摂取不足、消化管の不調など、さまざまな要因が考えられます。摂取した鉄を十分に吸収できない状態があれば、食事に気をつけていても鉄不足が改善しないことがあります。腸内環境や消化吸収の状態を含めて、身体全体を見ていくことが大切です。

 

特に私が深刻に受け止めているのが、妊娠・出産を迎える女性の鉄欠乏です。月経のある女性は、毎月の出血によって鉄を失っています。そのため、もともと鉄不足を抱えている方も多く、十分に改善されないまま妊娠、出産を迎えるケースもあります。妊娠中は赤ちゃんの成長のためにも多くの鉄が必要となり、母体の鉄不足は貧血や体調不良につながることがあります。また、妊娠前からの栄養状態は、母体だけでなく赤ちゃんの健やかな発育にとっても重要です。

 

不妊や妊娠中の体調不良、産後の心身の不調についても、さまざまな原因を検討する必要がありますが、その一つとして鉄欠乏を見落としてはなりません。妊娠を希望する女性や妊産婦にとって、適切な栄養状態を保つことは非常に大切です。

 

日本では少子化や人口減少が大きな社会問題となっています。だからこそ、妊娠・出産を迎える世代の女性が、心身ともに健康でいられる環境を整えることは、社会全体にとっても重要な課題だと思います。

 

私が日々の診療を通じて強く願っているのは、鉄欠乏によって心身ともに苦しんでいる女性を、一人でも多く救いたいということです。「疲れやすいのは体質だから」「気分が落ち込むのは性格やストレスのせいだから」と諦めてしまう前に、ぜひ一度、ご自身の栄養状態に目を向けていただきたいと思います。

 

通常の健康診断で異常がないからといって、必ずしも栄養状態に問題がないとは限りません。ヘモグロビン値だけでなく、フェリチンなどの検査も含めて、身体に必要な栄養素が十分に満たされているかを確認することが大切です。

 

鉄欠乏は、適切な検査によって発見し、原因を調べたうえで適切に対処することができる問題です。女性が本来持っている元気や活力を取り戻し、毎日を生き生きと過ごせるようにするために、私はこれからも鉄欠乏という見過ごされがちな問題に真剣に取り組んでいきたいと考えています。

蒲田よしのクリニック